脳性麻痺の子どもとの初キャンプで学んだ本当のバリアフリー〜理学療法士の成長記録〜

重度心身障害児者施設で働く理学療法士だった私は、2015年に一つの挑戦をしました。脳性麻痺の子どもと二人きりでキャンプに出かけたのです。この一泊二日の体験が、私の理学療法士としての視点、そして人としての価値観を変えることになりました。

この記事では、実際のキャンプ体験を通じて見えてきた障害支援の本質、母親の大変さ、そして真のバリアフリー社会に必要な3つの要素をお伝えします。

ベッドの上だけがリハビリじゃない

重度心身障害児者施設でリハビリ業務に携わっていた当時、3~60歳までの障害のある方を担当していました。毎日リハビリ室で訓練を繰り返す日々。しかし、独身で子どももいなかった私には、本人やご家族の本当の気持ちを理解することができませんでした。

そんな中、脳性麻痺の医師である熊谷晋一郎先生の著書と出会います。その著書が、私の中で一つの疑問を芽生えさせました。

「ベッドの上でリハビリをするよりも、色々な活動をした方が楽しいのではないか」

インターネットで検索すると、障害のある子どもたちとイルカセラピーや乗馬など、様々な活動をしている人たちの存在を知ります。「私もこんな活動がしたい」その思いは日に日に強くなっていったのです。

運命的な出会い

ある日、共通の知人から一通の連絡が入りました。「大阪で脳性麻痺の息子とキャンプをしてくれる方を募集している」それを聞いた私は、迷うことなく応募しました。そこから色々とやり取りを行い、大阪で事前打ち合わせを行いました。

体のこと、水分の飲ませ方やコミュニケーションの取り方を丁寧に教えていただきながら、亮夏君の笑顔を見て胸が高鳴りました。

帰りは車で駅まで送って頂くことになりました。すると、お母さんからこんな質問がありました。「なぜ応募したのですか?」私は正直に答えました。「自分の成長のためです」もしこれでサポートを断られても仕方ないと覚悟していました。しかしお母さんからは意外な言葉が返ってきたのです。「息子が誰かの役に立てるのなら嬉しい」この言葉は今でも忘れられません。その懐の深さに、心から感銘を受けました。

緊張よりも期待が膨らんだ夜

キャンプの日時と場所が決まってから、入念な準備を進めました。障害のある方とキャンプをする際の注意点、必要な持ち物リスト、緊急時の対応方法を確認し、前日に大阪入りし、ホテルで最終確認を行いました。緊張よりも、ワクワクした気持ちが勝っていたのです。

車椅子移動の現実

当日朝、駅ビルで亮夏君親子と待ち合わせをしました。駅からキャンプ地までは、私と亮夏君の2人で移動することになったのですが、最初のハプニングは駅ビルで起こりました。エレベーターで間違えて上に行くボタンを押してしまったのです。

駅のホームから電車に乗るには、駅員さんにスロープを出してもらう必要があります。理学療法士として車椅子を扱うことは日常でしたが、公共交通機関で実際に車椅子の方と移動するのは初めての経験でした。

  • 駅員さんに声をかけてからスロープが来るまで約10分
  • 他の乗客の視線
  • 時間的余裕の必要性

「車椅子で電車に乗るだけでも、こんなに大変なのか」頭では理解していたつもりでしたが、実際に体験すると想像以上の困難さに驚きました。

キャンプ場の最寄り駅に到着後、バスに乗車するという試練が待っていました。一人では絶対に乗れません。しかし、運転手さんは笑顔で対応してくださり、他の乗客の方々も快く手を貸してくださったのです。これこそ、本当の心のバリアフリーだと感じた瞬間でした。

キャンプ場での出来事

キャンプ場近くのバス停に到着後、テントを張り、寝床を整え、夕食の準備を進めました。夕飯はシンプルに熱々のカップラーメン。近くでライブをやっていて、その音漏れを聴きながら二人で楽しい時間を過ごしました。亮夏君も音楽に合わせて体を揺らしていて、とても楽しそうでした。

しかし、夜が大変でした。亮夏君は暗闇が苦手だったのです。私がトイレや歯磨きでテントから離れようとすると、亮夏君が不安そうな表情を見せます。「絶対に怪我だけはさせない」そう心に決めて、ほとんど眠れないまま長い夜を過ごしました。お母さんは、毎晩こうして寝かしつけているのだろうかと想像しながら、母親という存在の大きさを初めて実感した夜でした。

朝の再会

朝はお母さんが必要な具材を持ってきてくれて、パンケーキを焼いて2人で食べました。亮夏君は織恵さんの顔を見て、心から安堵した表情を浮かべていました。その表情を見て、私は改めて母親の存在の大きさを実感します。親子の絆の深さを目の当たりにした瞬間です。最後は駅まで送ってもらい、こうして亮夏君のキャンプ初挑戦が終わったのです。

この経験から得た3つの重要な学び

1.理学療法士としての視点の変化

施設のリハビリ室では見えなかったことが、一泊二日のキャンプでたくさん見えてきました。リハビリはベッドの上だけではなく、実際の生活場面での経験が何より重要だと実感しました。

2.人として得た気づき

「心のバリアフリー」の本当の意味——設備や制度だけでなく、周囲の人々の理解と協力があって初めて実現されるものだと分かりました。また、一晩添い寝をしただけで、母親が毎日どれだけの責任と愛情を持って子育てをしているか実感しました。

3.「誰かの役に立つ」ことの双方向性

お母さんの「息子が誰かの役に立てるのなら嬉しい」という言葉は、支援する側とされる側という一方通行の関係ではなく、お互いが成長し合える関係性の大切さを教えてくれました。

バリアフリー社会実現に必要な3つの要素

  1. ハード面の整備:スロープ、エレベーター、バリアフリートイレ、低床バスなどの物理的な設備
  2. ソフト面の充実:駅員さんの対応、バス運転手さんの協力、制度やサービスの整備
  3. 心のバリアフリー:周囲の理解、自然な声かけ、困っている人への気づき、温かい協力

まとめ

亮夏君との初めてのキャンプは、私の「自分の成長のため」という動機から始まりました。しかし、この経験は想像以上の学びをもたらしてくれたのです。障害のある子どもたちとの活動を考えている方、理学療法士として新しい視点を求めている方、バリアフリー社会に関心のある方の参考になれば幸いです。

そして何より、私に成長の機会を与えてくれた亮夏君とお母さんに、心から感謝しています。「息子が誰かの役に立てるのなら嬉しい」というあの言葉が、今も私の支援の原点になっているのです。


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